毎日タカラヅカ

タカラヅカファンライフをエッセイ漫画で綴ります。

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オン・ユア・フィートを観て、もっと知りたくなったキューバのこと!

みなさんこんにちは、モモオです!

先日、朝夏まなとさん主演の舞台「オン・ユア・フィート!」をついについに観てきました〜!その時の最高な体験については、後日また描くのでどうぞお楽しみに!ワァーイ! 

 

前回は、オン・ユア・フィート!を観る前の事前知識を得るべく、グロリアさんとキューバについて簡単に記事にまとめました!未読の方はよかったらどぞ!

www.myzuka.info

 

さて、それを踏まえて今回は、舞台を観て、改めて、キューバ革命とは何だったのか、今更ながら知りたいと思い調べてみることにしましたよ。

オン・ユア・フィート!で、キューバ革命を経験し、時代に翻弄される人たちの物語に涙し、これは知らねばなるまい…と思ったモモオなのですよっ!

ネタバレしてるところも多分にあると思うので、気になる方は、観劇のあとに読んでいただけたら良いかと思います!

それでは、時代を遡って、あの時何が起きていたのかを見てみることにいたしましょう…。

 

キューバ革命って何だったの?

キューバ革命って、一体何だったのか?

グロリアさんのお母さんが、一生忘れることのない、あの革命の日。あの日はなぜやってこなければならなかったのか…。あのシーンがとても印象的で、ずっと気になってしまうのです。 

これを知るには昔話から初めから話さねばなりますまいて…むか〜しむかし…。 

 キューバは長い間、スペインの植民地でした

キューバは、そもそも、原住民が住んでいたのですが、1492年に、コロンブスによって「発見」され、その後、強ーい国・スペインに植民地支配されてしまいました。

(えっ!?コロンブスまで話遡る!?って思った方、いらしゃいますか。えぇ、キューバを知るにはまずコロンブスからです!!)

 

↓ コロンブスの上陸を描いた、むか〜しの絵がこちら…。うわぁ〜、めちゃめちゃ上陸してきていますね…。

Columbus landing on Hispaniola adj 

 時は、帝国主義の名の下に、「俺の物は俺の物、お前の物は俺の物!!」な時代…!

スペインに支配されて、キューバでは大規模な砂糖産業がスタート!

たくさんの奴隷たちが強制労働させられ、世界最大の砂糖きびのプランテーションへと発展しました…。

プランテーション、つまり、大規模な工場を作って、ばんばん大量生産していくことですね!キューバの人に強制労働させて、その砂糖を売りさばくことで利益を我がものに!ってな感じのスペインさん…。世界中が、そういう時代だったんだけれどもさ…。

踏んだり蹴ったりのキューバ国民は、スペインから支配されるのはもういやだ!と、やっとこさっとこ、独立戦争を戦い、1902年、ようやく、400年にも渡るスペインの支配からの、独立を果たします!(よよよ…よんひゃくねんですよ…)

どっこい、今度はアメリカの半植民地になる

…って思ったのに!!

「ええっ!?独立戦争を助けてくれたアメリカが、今度は"保護国"という形で支配してくるの!?」と国民もびっくりの展開となります。いつまで経っても、帝国主義から逃れられないキューバ…。ううぅ…かんべんしてくれぇ。

 

そして… 

 

時は1952年…

 

このとき、軍人出身のバティスタ大統領が、キューバを治めていました。そう、この人が、あの革命の日、キューバを密かに去った人なのです。 

Fulgencio Batista, 1938

バティスタ大統領、この人。なんか昭和の銀幕スターみたいな雰囲気ありません? ねぇ?

このバティスタ大統領は、裏でアメリカと手を結んでいて、アメリカ政府や企業が、キューバから、ぎゅんぎゅんとすごい勢いで利益を吸い上げていました!

例の砂糖きびなんかも、アメリカに利益を持っていかれ放題です! 

そんなわけで、キューバはアメリカの半植民地状態だったのでした。

ほんと、スペインがアメリカに代わっただけ、って感じですよね。独立戦争頑張ったのに、なかなか状況が変わらない!!

ついについに、支配からの卒業のときが!?

そんなふうに、もう長い間すぎて、わけわからなくなるほど支配され続けて来たキューバでしたが。

このときついに、支配され続けてきたキューバの長い歴史に、終止符を打とうとした人がいました…。

 

みなさん、誰だかわかりますか?

舞台では、名前が一切出てこなかったのが、事態の深刻さを思わせたというか、まだ終わってないんだなって感じでしたけれども。

 

そう…モモオもこの人の名前だけは知ってました、かの、超〜有名な、あの、フィデル・カストロ議長です。じゃじゃーん。

 Fidel Castro 1950s

 カストロ議長のお顔はこんな感じ!うーん、情熱的な眼差し! 

カストロ議長は、農民出身で、弁護士でもありました。

そして、長い年月、キューバに革命を起こすために戦っていました。

反乱に失敗して、投獄されたり!

メキシコに亡命したり!

仲間のほとんどを襲撃で失ったり!

山の中でゲリラ戦を展開したり!

と、とんでもなく濃い人生を送りながらも、あきらめることなく、革命のために活動し続けました…。どんなメンタルなのかと呆気にとられるモモオです。

 

そして…1959年。

 

ついに、カストロ議長は、武力でバティスタ政権を倒し、キューバ革命を起こしました。バティスタ大統領はアメリカは逃げ、カストロ政権は、旧政権の関係者を処刑しました…。

アメリカがバックにいる軍事政権を倒す農民出身の弁護士って、その強さが、なんかもう意味がわからないけれども、とにかく、バティスタ政権を倒したカストロ議長! 

 

そして、いわゆる上流階級である、バティスタ政権の関係者だった人たちは、革命の粛清から逃れるために、アメリカ(主にマイアミ)に亡命しました。まさにこの革命の日、グロリアさんのお母さんは、キューバを去る決意をせざる得なかった、あの夜を迎えたのであり、エミリオさんの家族も、バラバラになってしまうことを受け入れざるをえなかった、わけです…。

と、ゆーわけで、長〜い長〜い説明となりましたが、

「帝国主義の時代に、とにかく支配されまくったキューバさん、ついに力を溜め、帝国主義を追っ払うの巻」が、キューバ革命だったのです!!(こんな説明してたら怒られるぅ)

キューバ革命のあと、キューバはどうなったの?

キューバ革命後、キューバはどうなったのか!?気になりますね皆さん!えっそうでもない!?ここまで読んでくだすった皆さんは、きっと最後まで読んでくださると信じて書きまーす!

結論から言うと、キューバ革命後、政権を取ったカストロ議長は、なぁんと、2011年まで!!約50年近く!!85歳くらいまで!!キューバを治め続けました〜!!

えぇ〜!?と叫ばざるを得ないモモオですよ。投獄&ゲリラ戦をこなしたあと、そんだけのエネルギー残ってた!?って怪物級すぎますでしょう。 

革命起こすわ、そのあとは長年キューバを統治し続けるわ、ほんでもって、ついこの間、2016年に90歳でお亡くなりになるという、どこまでもとんでもない人なのでした。長生きっ!!

おじいちゃんになったカストロ議長の姿がこちら。これは77歳くらいのときです。おじいちゃんになっても、めちゃめちゃ意思が強そう。

Fidel Castro5 cropped

Antônio Milena/ABr [CC BY 3.0 br], ウィキメディア・コモンズ経由で

 

そんで、革命直後に話を戻しますと、 

アメリカとの関係が冷え冷えになったカストロ議長は、冷戦真っ只中、アメリカの宿敵であるソ連と手を結びました。アメリカに支配されていた農地を取り返して、キューバの新しい社会を作りはじめたのです。

アメリカの支配から逃れ、自分たちの国を一から再建するというのは、とっても難しいことで、国の経済もなかなか安定せず、キューバからアメリカへ移住する国民もたくさんいましたが、なんとかかんとか、キューバは頑張ってきました…。(この辺は、難しいのと、話がすっごい長くなってきたから、割愛します!)

さらにその後、1991年には、頼みのソ連が崩壊したりと、大きな危機に見舞われながらも、なんとかふんばってきたカストロ議長。オバマ大統領の誕生とともに、少しずつ前進し、ついに、2015年、アメリカのオバマ大統領と、「キューバの雪解け」に達するに至ったのでありました…!(このへんは前回の記事をお読みくださいませませ〜!)

 

はぁー、カストロ議長の人生のスパンが長すぎて、もう、いろいろ想像が追いつかない!けれども、あの革命の日のことが、少し広い視野で、見えるようになったような気がします。

 

それはつまり!!

オン・ユア・フィート!の舞台で、登場人物たちが、革命の日を経験し、キューバを去り、アメリカで懸命に暮らしていた頃。 

この時同時に、350kmしか離れていないキューバで、残された人々が、長年の支配から卒業して、一から国づくりに奮闘していた姿があったのだなと、想像できるようになったということです。

 

そんな自分になったところで…

オン・ユア・フィート!

あの熱い身体が動き出すキューバン・アメリカン・ミュージックを!!

もう一回観たい!!

 

こんな長い記事、最後まで読んだ方、いらっしゃるのだろうか??

もし、いたとしたら、最後までおつきあいいただき、どうもありがとうございました!!笑

キューバのことが学べて、満足いたしました。